細菌毒素の作用による分類

 

感染症各論は細菌等の解剖学でした。生理・病理学が下記。これに、薬理学も付加して初めて感染症予防の介護(手段)に入らないと、理解不能だと思われます。

 

これを感染症法・授業・教科書の総則・ど真ん中・目的に持ってこないと誰も感染症につき理解できないと思われます!

 

大阪大学微生物病研究所のHPより

 

 

 細菌毒素が病気を起こすという考え方は、具体的な分子(すなわち毒素)を対象にして細菌感染症の発症機序を研究する基盤を与えることになった。その結果、多くの細菌毒素の構造や機能が解析され、現在では作用に基づいた分類が可能になっている(図2)。以下、少々退屈ではあるが、細菌毒素というものの全体像をつかんでいただくために、毒素の分類について述べる。

 

1.<<細菌毒素の作用による分類>>

 



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2.1.2.1 神経毒素

 ボツリヌス菌が産生するボツリヌス毒素と破傷風菌が産生する破傷風毒素がこれに属する。作用の本態はタンパク分解酵素で、神経終末の神経伝達物質の放出を阻害する。これらの毒素は細菌毒素としてのみならず、地球上に存在する天然毒のうちでも最強の毒とされている。

 

2.1.2.2 スーパー抗原

 これらの毒素は、通常の免疫過程を経ずに多数の免疫担当T細胞を活性化する。その結果、体内で免疫細胞の機能を調節するサイトカインが大量に産生されて、生体の種々の機能に異常をきたす。

 

2.1.2.3 細胞毒素/Cytotonic 毒素

 上記の神経毒素とスーパー抗原は、標的細胞の生命活動に顕著な変化を及ぼすわけではない。一方、それ以外の毒素は作用した細胞自身に明らかな影響を与えるため、細胞毒素として分類できる。これらのうち細胞を死に追いやることなく、逆に細胞の機能を部分的に活性化する毒素を cytotonic 毒素と呼ぶ。これらの毒素は細胞の情報伝達系路に関わる成分を特異的に活性化あるいは不活化することで作用する。

 

2.1.2.4 細胞毒素/Cytotoxic 毒素/非孔形成毒素

 細胞毒素のうち、細胞を最終的に死に至らしめる毒素をcytotoxic 毒素と呼び、cytotonic 毒素と区別される。Cytotoxic 毒素のうち非孔形成毒素に分類されるものは、細胞のタンパク合成のような生命維持に必須の過程を阻害することによって細胞を死に至らしめる。

 

2.1.2.5 細胞毒素/Cytotoxic 毒素/孔形成毒素(非溶血毒・溶血毒)

 Cytotoxic 毒素のうち、標的細胞膜に小孔をあけて細胞を破裂させる作用を持つ毒素は孔形成毒素として分類される。これらのうち、赤血球を破壊できるものを溶血毒、有核細胞のみを破壊するものを非溶血毒と呼ぶ。

 

2.1.2.6 その他

 以上の様な分類は、すべての毒素を明確に区別するものではない。例えば、図2のうち、百日咳菌アデニール酸サイクラーゼは細胞情報伝達分子のcAMPの下流の情報伝達系路を撹乱するということでcytotonic 毒素に分類されているが、この毒素は同時に小孔形成能を持っており赤血球を破壊する。後者の意味では、溶血毒としても分類できる。また、ウエルシュ菌α毒素は赤血球を破壊する溶血毒だが孔形成毒素ではない。

 さらに、最近になって、新たな範疇に分類されるべき毒素が見つかり始めている。黄色ブドウ球菌の表皮剥脱毒素とバクテロイデス・フラジリスの毒素(フラジリン)は細胞同士が緊密に結合する際に働くタンパク質を切断し、細胞間の結合を破壊する。これらは、細胞の集合体である組織のレベルで考えると明らかに毒素であるが細胞そのものには全く変化を与えないので、これまでの分類様式ではどの範疇にも入らない。

 

2.<<細菌毒素のタンパク質としての機能による分類>>

 上記の分類とは異なり、そのタンパク質としての機能から細菌毒素をいくつかの種類に分けることができる。








2.1.3.1 酵素毒素

 その名の通り、作用の本質が酵素反応である毒素がこの分類に入る。作用分類でいうところの神経毒素、 cytotoxic 毒素/非孔形成毒素と、cytotonic 毒素のほとんどがこの分類に入る(図2)。酵素の種類には色々あるが、作用の本質がADPリボシルトランスフェラーゼ(ADPリボース転移酵素)である毒素、標的分子にGTP(グアノシン3リン酸)結合タンパク質を持つ毒素が非常に多い(表2)。

 

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2.1.3.2 リガンド毒素

 標的細胞上にある特定の受容体に結合することにより作用を発揮する毒素がここに分類される。リガンド毒素が結合した受容体を介して細胞内に刺激が伝達されて細胞が反応する。スーパー抗原と大腸菌耐熱性毒素がこれに属する。

 

2.1.3.3 孔形成毒素

 上記の作用分類の孔形成毒素と一致する。ただし前述のようにウエルシュ菌α毒素は孔形成毒素ではなく酵素毒素である。いくつかの孔形成毒素の立体構造が解析されているが、いずれの構造を見ても、毒素が数分子会合した複合体で細胞膜上に存在し、その複合体の内側に円形あるいは馬蹄形の孔が形成されることが容易に推察できる。

 

 

2.1.4 細菌毒素の作用

 冒頭に述べたように、病気の原因としての細菌毒素の研究が進み、それぞれの機能や構造が理解されるにつれ、細菌毒素のきわめて特異的な作用が通常では見られない特異な生命現象を動物細胞に引き起こすことが知られるようになった。このことを利用して、生命科学分野では細菌毒素を生命現象解析の道具に使用するにまで至っている。それでは、細菌毒素の作用を受けた動物細胞はどのような特異な生命現象を引き起こすのであろうか?

 

2.1.4.1 孔形成毒素の作用

 孔形成毒素を細胞に作用させると、細胞膜に孔があいて細胞が破裂することは先に述べた通りである。実際にウエルシュ菌エンテロトキシンを培養細胞に作用させると、細胞が膨化して最終的に図3のように破裂する(図3)。このような作用を発揮するためには、毒素は疎水性の高い細胞膜に貫入しなければならないが、実際に孔形成毒素の受容体は疎水性の高いコレステロールや糖脂質であることが多い。そのような受容体は生命活動の乏しい赤血球膜にも存在するので、孔形成毒素の多くが溶血毒としても働くわけである。一方、非溶血毒のウエルシュ菌エンテロトキシンの受容体は一部の有核細胞に存在するクローディンというタンパク質で、このために本毒素は赤血球には作用しない。

 

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3 孔形成毒素作用の模式図(左)とウエルシュ菌エンテロトキシンを作用させた細胞(上、00時間;中、30分;下、22時間)

2.1.4.2 Cytotonic 毒素の作用

 細胞の機能を部分的に活性化するcytotonic 毒素の作用は多種多様である。。Cytotonic 毒素の大部分を占めるのは酵素毒素で、前述したようにその標的分子にはGTP結合タンパク質が多い。GTP結合タンパク質とは次章で詳しく述べるが、細胞機能のスイッチとして働いている。毒素はこのスイッチをオンあるいはオフのどちらか一方に傾けてしまうために、その下流の生命現象が異常に活性化するかあるいは停止する。その機能が生命現象に必須である場合、その毒素は非孔形成のcytotoxic 毒素ということになる。

 Cytotonic 毒素の作用による細胞応答についてパスツレラ毒素(図4、図5)と百日咳菌壊死毒(図6)を例に挙げて紹介する。パスツレラ毒素の作用機序や標的分子はまだ不明だが、作用を受けた細胞の応答を観察すると明らかに本毒素がcytotonic 毒素であることがわかる。図5はパスツレラ毒素を培養細胞に作用させて6時間までの様子を圧縮して撮影した動画である。図4の通常の細胞と比較すると、細胞が毒素の作用を受けて互いに凝集していく姿が見られる。パスツレラ毒素以外で、単一の既知の薬物を添加して細胞にこのような現象を起こすことはできない。この現象が毒素のどのような作用に由来するのか、という疑問が研究対象となりうる。図6では、壊死毒の作用によってアクチン系細胞骨格(赤色)と細胞接着斑(緑色)の過形成が起きている。これについては次章で詳しく述べる。

 

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6 毒素非処理細胞(左)と毒素処理細胞(右)。赤色はアクチン線維、緑色は細胞接着斑。

2.1.4.3 <<細胞現象 vs 細菌毒素>>

 



 

 ここまで、細菌毒素の作用についての総論を展開してきたが、ここで標的になる動物細胞を中心にしてさらに俯瞰してみよう(図7)。細胞膜を破る孔形成毒素から、細胞骨格、細胞内情報伝達、細胞間接着、小胞輸送、開口分泌、タンパク合成、細胞周期、といった細胞機能に数多くの毒素が作用することがわかると思う。ここに挙げた細胞機能は、そのまま細胞生物学分野においても重要なキーワードである。言い換えれば、それぞれの毒素の作用を詳細に解析することは、そのまま細胞機能や生命現象の秘密に迫ることになるということである。もし、手元に試薬会社のカタログがあるのならば調べてみると良い。多くの細菌毒素が、実際に細胞生物学の解析ツールとして利用されている。逆に考えれば、全く新しい細菌毒素の作用を解析することは、全く知られていない生命現象の扉を開くことにもつながるのである。次章では、当研究室で展開された毒素研究の一端を紹介する。ここでも、新しい現象が観察され、その分子作用機構が解析されている。

 

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